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気候変動と環境の新しいパラダイム

KEIO SFC JOURNAL Vol.11 No.1 気候変動と環境の新しいパラダイム

2011.09 発行

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特集招待論文
  • 気候変動の緩和と適応への取り組みの国際的動向

    浜中 裕徳 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授
    渡邉 正孝 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授

    気候変動問題への国際的取り組みは、国連気候変動枠組条約および同条約京都議定書に基づき進められてきたが、地球規模の気候変動による深刻な影響を回避するために同議定書第1約束期間が終了する2012年後の気候変動の緩和と適応の行動を強化すること、および開発途上国の行動の強化に対する先進国の資金供与、技術開発・移転、能力構築などの支援の強化が課題となり、気候変動対策に関する新たな国際的枠組の構築を目指した国際交渉が進められている。

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  • 生物多様性条約COP10の成果と今後の取組方向

    奥田 青州 環境省自然環境局自然環境計画課生物多様性地球戦略企画室
    渡辺 綱男 環境省自然環境局長

    2010年10月に愛知県名古屋市において開催された生物多様性第10回締約国会議(COP10)では、「戦略計画2011-2020(愛知目標)」や「遺伝資源の利用と利用から生じた利益の配分に関する名古屋議定書」をはじめ、合計47の決定が採択された。このまま生物多様性の損失が続けば、生態系が自己回復できる限界である転換点を超え、将来世代に対して取り返しのつかない事態を招くおそれがあると指摘される中、これらのCOP10の成果を踏まえつつ、転換点を超えることなく、自然と共生していく社会作りを目指す際の課題と取組の方向性について提言する。

  • マテリアルフローの適正化‐資源循環・ゼロ廃棄・持続可能な消費:都市発展の新しいパラダイム

    レーマン, ステッファン 南オーストラリア大学持続可能デザイン+行動研究センター所長・教授

    本論は持続可能な都市新陳代謝とゼロ廃棄を論じたものである。都市化、マテリアル消費、資源枯渇の間に複雑な関係があり、互いのフィードバックに対して関心は高まっている。都市化と都市廃棄物の産出との間に関連性が強いことは一般に知られているが、都市の形態と密度がマテリアルの消費にどのような影響を与えるかに関してまだよくわかっていない。世界人口は最近100年の間に4倍増えた。一方、マテリアルとエネルギー消費は10倍も増えた。エネルギー効率に加えて、資源、物資、食糧、水の供給にも重大な挑戦が待ち受けている。過去20年間、私たちはエネルギー効率をよく議論してきた。近年、それに資源とマテリアル消費も含まれる方向へシフトしている。 都市における世帯消費の削減と建築物のマテリアル需要の削減を緊急な課題として一緒に議論するようになったのは最近のことである。都市ガバナンスを改善し、都市開発の形態を再考し、資源消費を減らし、マテリアルフローを適正化させることに関して、一般的知見がかなり増えてきたが、信頼できるデータと比較できる研究方法はまだない。結論として、ゼロ廃棄を都市発展の主流に乗せるためには、産業界の強いリーダーシップ、新しい政策、有効な教育カリキュラムが必要である。また、普及啓蒙を強化し、研究課題を再検討し、基本的姿勢を変え、浪費的消費を削減しなければならない。

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  • 環境デザインの実践と研究教育‐その目指す方向と可能性とは

    小林 博人 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科准教授

    本稿では、環境デザインという学問および実務の領域において求められる将来に向けたビジョンとはどのようなものかを、SFCおよび他の研究教育機関の事例を挙げながら考察したものである。広く地球環境に目を向けつつ、身近な環境に対応するため、個別固有の問題を国際的な視野で検討すること、また広いネットワークの上で継続的に議論することの重要性を示した。

  • 緩和と適応の統合とベストミックスによる気候変動と環境のパラダイムシフト

    厳 網林 慶應義塾大学環境情報学部教授
    一ノ瀬 友博 慶應義塾大学環境情報学部准教授
    丹治 三則 慶應義塾大学環境情報学部専任講師

    地球温暖化対応に関する国際交渉が難航し、持続可能な発展の取り組みもブレークスルーを見いだせていない。人類は環境と発展のジレンマに立たされるなか、気候変動への適応策に関心が集まる。これは緩和策をあきらめたわけではなく、トップダウン型の緩和策とボトムアップ型の適応策のベストミックスを目指した統合であり、気候変動と環境のパラダイムシフトを意味する。このシフトは様々なアクター間の利益バランスによって成り立つ共進化プロセスであり、長期にわたる学習を要する。本論は緩和・適応―個益・公益のフレームワークを用いてこのパラダイムの構図をとらえ、個益・公益のトータルデザインで統合化の方法を提示した。このフレームワークを環境イノベータプログラムに適用し、気候変動対応の大学院カリキュラムを設計した。また、災害は発生したリスクで復興は適応の始まりと考えれば、このフレームワークは震災復興にも適用できる。日本各地には復興支援が始まっており、SFCも3.11プロジェクトを立ち上げている。巨大災害がもたらした苦難は社会変革の転換点となって新しい学習が始まり、リスクに強いレジリエンスある未来社会が創られる。未曾有の挑戦であるが、気候変動と環境において世界を先導するチャンスでもある。

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特集研究論文
  • 砂漠植林管理のためのWebGISツールの開発

    大場 章弘 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程
    厳 網林 慶應義塾大学環境情報学部教授

    砂漠化地域で植林活動を行うNPOは活動内容をホスト国と被ホスト国がそれぞれ客観的に評価できるように、植林柵の位置や柵内の植生の成長具合などの地理情報(GIS)データをWeb上で管理しておくことが求められている。このような仕組みはWebGISと呼ばれ、WebGISツールの開発には、空間スケールによって異なるデータ項目や空間的な包含関係を考慮した空間データベースの構築が求められる。本研究では植林業務の内容を調査し、その内容を空間的な階層ごとにテーブル化し、包含関係を処理できる空間データベースを構築した。さらに、このデータベースで植林地管理WebGISツールをAdobe Flexベースで開発し、現場に導入した。初期運用の結果、植林管理業務にツールが有用かどうかをチェックポイントとし、ヒアリングによってシステムの有用性が確認された。本研究で開発したシステムは、多様な空間スケールを扱うWebGISツール全般に汎用的であると言える。

  • 空間分析と熱帯降雨観測衛星(TRMM)の日降水量を用いた土壌浸食リスク評価

    ポンティップ・リムラハパン 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程
    福井 弘道 中部大学教授/中部高等学術研究所副所長・国際GISセンター長

    本研究では、タイ北部ワングトング流域 を対象に、ユニバーサル土壌損失式(USLE)と空間分析を適用して流域土壌損失量の評価を行うものである。USLEは、降雨量や土壌、地形、斜面長や斜面角、土地利用、土地被覆などのいくつかのパラメーターを地理分析によって配列を定めていく計算式である。研究ではセル単位の流域全体でシミュレーションを行い、パラメーターと土壌損失率に重要な因果関係があることを確認し、土壌侵食リスクの定常的な分析とモニタリングによる2度目の評価計算を行った。土壌侵食危険性の定期的分析と監視を目的とし、衛星を基盤とする熱帯降雨観測ミッション(TRMM)から得られた日降水量を計算し、土壌侵食に脆弱な地域地図を、空間情報Webシステムにて配布をした。USLEによるシミュレーションでは、流域における農業利用、及びに斜面角や方位が土壌損失率に著しく影響していることが判明した。移動耕作や土壌侵食に脆弱な地域の土地管理方法はいまだタイの主要問題である。この評価手法は、地域の土壌侵食の傾向と原因を識別し、意思決定者が最適な土地管理に対する目標を設定するのに役立つ情報を提供する。

特集研究ノート
  • 人の健康そして地球の健康にとって大切な水と塩の話‐塩害という環境問題を広げないために

    藤井 千枝子 慶應義塾大学看護医療学部准教授

    生物は、それぞれの塩分濃度の中、内部環境を整えるしくみを創りだしてきた。ヒトには多く摂り入れられた塩を体外へと排出するように調整機構があるが、ヒトの塩分濃度を調節する力を超え続けると、高血圧やがんのリスクとなる。塩害は、環境問題を結び付ける可能性がある。水と塩は、多くの生命の体の内外をめぐる。水と塩は、長い時間をかけてバランスよく流れ、生命を育んでいる。地球の調節機構を超えぬことのないように、身近な所から、水とともに流れる塩と環境について考えることが重要である。

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自由論題研究論文
  • 調和か不調和か‐ドナー間の協調と援助の複合的性質

    林川 眞人 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程

    現行の援助効果に関する議論では、ドナー間の協調の実現が、取引費用の削減につながり、より援助効果の向上を促すとしている。援助協調は援助効果に関するパリ宣言の主要な原則の一つである。しかしながら、援助には複合的性質があり、1940年代に始まって以来、ドナーによってしばしば外交の、または商業の手段として利用されてきた。この論文では、冷戦中援助を特徴付けていた現実政策の文脈が、今日でも際立っていることを示す。調和化の阻害要因であるよこしまな動機の問題解決に取り組まない限り、ドナーの姿勢を改善することはできない

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  • サン・シモン思想におけるヨーロッパ社会の「領域的限界」

    中嶋 洋平 フランス国立社会科学高等研究院(EHESS)政治研究系博士課程

    ヨーロッパ統合の深化・拡大の時代、サン・シモンのヨーロッパ統合ヴィジョンが紹介されることは増えたが、サン・シモンが想定するヨーロッパ社会の「領域的限界」が検討されたことはない。サン・シモンは歴史的慣習の差異を基準にヨーロッパ社会と外部とを区別する。しかしヨーロッパ人は多種多様である。アラブで実証科学が誕生し、宗教の力が弱まっていく中で、人々は産業を通じて宗教に拠らない普遍的な道徳を手に入れた。異民族や異教徒がこの道徳を尊重する以上、ヨーロッパ人は彼らを受け入れることを拒んではならない。

  • 酸素代謝を用いたヒトの脳活動の生理的指標の作成‐NIRSを用いたウェルニッケ野における単語聴取実験

    吉野 加容子 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程
    石崎 俊 慶應義塾大学環境情報学部教授
    加藤 俊徳 株式会社脳の学校脳環境研究部門代表

    近赤外線分光法で得られる4つの変化量(酸化ヘモグロビン濃度、脱酸化ヘモグロビン濃度、脳血液量、脳酸素交換量)を用いて、ヒトの大脳言語野で起こる単語聴取中の酸素代謝と脳血液量の調節反応を調べた。脳活動の検出率は、 聴取中の脳血液量の増加反応に比べ、脱酸素化反応で約16%有意に向上し神経活動の生理的指標として有効だった。酸素代謝と脳血液量の関係は、5つの脱酸素化反応と、3つの酸素化反応の8タイプの生理的指標に分類でき、一過性の脳血液量減少に伴う脱酸素化反応の増加が示す効率的な酸素代謝の機序を説明できた。

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  • 総合政策学としての社会安全政策論

    小林 良樹 慶應義塾大学総合政策学部教授

    社会安全政策論とは、犯罪等から社会の安全・安心を実現・維持するための政策の構築を目的とする比較的新しい理論である。複雑化した現代社会では、安全・安心の問題に関与するアクターが多様化し、しばしば相互の利益が相反している。したがって、伝統的学問的枠組みを通じて上記の目的を実現することは困難になっている。社会安全政策論は、多様化したアクター間の利害調整を積極的に図る点において従来の学問的枠組みに無い意義を有している。同理論は、かかるアプローチを通じて現代社会における最適な治安政策の実現を図ろうとするものである。

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  • 連想情報を用いた省略語の推定法と評価‐動詞連想概念辞書の構築とその応用

    寺岡 丈博 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程
    岡本 潤 慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)
    石崎 俊 慶應義塾大学環境情報学部教授

    本研究では、コンピュータの言語理解の精度向上を図るために動詞連想概念辞書を構築した。動詞連想概念辞書は、動詞を刺激語としてその深層格に入る単語を実験参加者が答える連想実験で得られた大量のデータから構成されている。そこで本研究は、動詞連想概念辞書を動詞に関連した既存の辞書と比較してその特徴を確認するとともに、応用として文中の省略語を推定するシステムを構築した。評価実験で他の3つのベースラインと比較した結果、本システムは実際に人間が推測した結果により近いことが示された。

  • 過渡期農村社会におけるリスクと農民の行動‐ベトナムとラオスの事例から

    ヴ・レ・タオ・チ 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程

    本研究は市場経済への移行期にある農村社会の農民に注目し、一見非合理的あるいは自己矛盾とも見える彼らの行動の源泉を明らかにする。ベトナムそしてラオスの4つの農村部で進めてきた現地調査が明らかにするのは、開発経済学、開発プラナーの多くが性格付けるような経済発展とそこでの役割を理解しない「無知」あるいは「不可解な存在としての農民」ではなく、不十分な情報など様々な制限の下でできる限り合理的であろうとする意志がともすれば一貫性を欠く行動に農民を導いているということである。