慶應義塾大学湘南藤沢学会

KEIO SFC REVIEW


No.3 『特集:メディア・コミュニケーション』

発行 : 1998年10月1日

CONTENTS
第3号特集のねらい/伊藤陽一(p.4)

第1部 マス・コミュニケーション 第2部 テレコミュニケーション 第3部 メディア論と情報社会論 寄稿 Entering an Academic Conversation/Christine Pearson Casanave、菅野康子

ABSTRACT
第3号特集のねらい
    今号の特集「メディア・コミュニケーション」のねらいについて、編集幹事を務めた伊藤陽一総合政策学部教授が説明する。
    [ABST#3-1]
第1部 マス・コミュニケーション
  • 放送の将来/環境情報学部教授 有澤 誠
    近未来の放送を、インタラクティヴ、ディジタル、インターネット、衛星、ケーブル、モバイル、ヴァーチャルリアリティなどのキーワードで特徴づける。先端技術が可能にする、新しいメディアコミュニケイションの可能性を考えていく。(論文執筆者による要約)
    [ABST#3-2]
  • マルチメディア時代の放送産業モデル/メディア・コミュニケーション研究所 菅谷 実
    日本の民間テレビ放送が開始され40年が過ぎた。その間、放送産業は順調な発展考をとげてきたが、成熟期にさしかかる前に、多チャンネル時代を迎え無料放送と有料放送の競争がはじまった。さらに、放送のデジタル化は、メディア間の相互乗り入れ競争を招来する。そのようななかで、地上波放送の社会的存在理由が問い直される。新規参入メディアとの差別化の鍵は、言論報道機能を今後、さらにどこまで充実できるかにかかっている。(論文執筆者による要約)
    [ABST#3-3]
  • デジタルCS放送とソフト制作/環境情報学部準専任助教授 碓井広義
    96年10月、パーフェクTV!によるデジタルCS放送が始まった。これが、日本における「放送のデジタル時代]の本格的幕開けだった。97年暮れにディレクTVが放送を開始。テレビ朝日の買収で話題をふりまいたマードックのJスカイBが、98年5月にパーフェクTV!と合併してスカイパーフェクTV!となり、現在に至っている。
    デジタルCS放送であることは、作り手と視聴者にとって、一体どんな意味を持つのか。何か変わり、どこが問題なのか。主にソフト制作とビジネスという側面から、考えてみたい。(論文執筆者による要約)
    [ABST#3-4]
  • 放送概念の再検討:デジタル化を急がされる放送/立教大学社会学部教授 服部孝章
    デジタル化などの技術革新がもたらす多チャンネル状況により伝統的な放送概念は、再検討を迫られている。デジタル化がはじめにありきなのではなく、デジタル技術導入は放送の多様性をより充実させると期待される多チャンネル化への一手段であると位置づけねばならない。放送事業者そして視聴者である市民が、あるべき放送像そしてそれを生み出す放送制度の検討をはじめなければ、超多チャンネル時代を前に、放送はビジネス手段の部分のみが肥大化し、放送のもつ公共性機能は、そのビジネス展開の中でますます軽視されていくおそれがあると思われる。(論文執筆者による要約)
    [ABST#3-5]
  • デジタル時代におけるISTVの開発意義とその可能性/NHK放送文化研究所研究主幹 長屋龍人
    デジタル時代のテレビは、家庭内インタラクティブが可能なサーバー内蔵の統合サービス型テレビ(ISTV:lntegrated Services TV)が、21世紀のデジタル時代の基本端末の一つになる可能性が高い。この基本コンセプトと機器のプロトタイプは、1996年に世界で最初にNHKの放送技術研究所が提案公開した。1998年に入って、DAVICCやDVBプロジェクト(EBUが主導するデジタル放送技術の国際的標準化機関)などがサーバー内蔵型のISTV提案に着目し、その機能の国際的な標準化に動きだした。
    ISTVの開発は、NHK放送技術研究所と放送文化研究所が緊密に連携をとりながらコンセプトメーキングを行った[情報貯蔵庫+情報の宅配サービス(いつでも機能:anytime service function)]に基本サービス概念がある。それは、人間の情報行動の習慣性や興味の定型化などの情報選択の原理的なマクロモデルをふまえたヒューマンインターフェース研究の反映である。
    ISTVは、ヒューマンフレンドリーな性能規定と利用哲学によって、[lnteractive機能][portal function]を兼ね備える、デジタル時代のメディアの中のメディア:“次世代テレビのプロトタイプ”として発展する可能性が高い。(論文執筆者による要約)
    [ABST#3-6]
  • 放送のデジタル化:その可能性と課題/上智大学文学部新聞学科講師 音 好宏
    放送のデジタル化が進行している。すでにCSデジタル放送がサービスを始める一方で、BS放送のデジタル化、地上放送のデジタル化も具体的スケジュールが挙がってきている。これらの放送のデジタル化は、表面的には、@多チャンネル化、A高画質・高精細度化、B多機能化など、多様なサービスの提供を可能にするとされるが、それらのサービスが登場・発展する過程で、日本の放送産業自体が構造的に変化を遂げざるを得ない。
    放送のデジタル化をきっかけとして、日本の放送産業が構造的な変革を迫られるとき、放送の公共性・公益性をどのように担保し、市場化の流れとどのように折り合いをつけていくか。その点こそが問われている。(論文執筆者による要約)
    [ABST#3-7]
  • 大学からの情報発信 ― ラジオ番組「Keio University Issue Talk」の試み ―総合政策学部助手 彦谷貴子
    「Student Session: Keio university lssue Talk」は、1996年4月、薬師寺泰蔵慶應義塾大学法学部教授(現・常任理事)と小笠原敏晶(株)エフエムインターウェーブ会長の発案で放送が開始された、英語で行われる学生討論番組である。毎回教員1人がホスト役を務め、学生数人プラスコーディネーター役の彦谷が討論する形式で収録される。当初は慶應が毎週番組を担当していたが、現在は「Student Session」という番組枠の中で、慶應が「lssue Talk」、国際基督教大学が「Tips for Tomorrow」、テンプル大学が「lnternational Forum」というタイトルで持ち回りで番組を担当するようになっている。以来、午前2時という時間にもかかわらず大変好評を博す番組となっている。本稿ではこの番組を紹介すると同時に、ラジオを通じた多メディア的、双方向的情報発信の試み、そしてこのような番組を通じた大学の情報発信:カレッジステーション化の可能性について考えてみたい。(論文執筆者による要約)
    [ABST#3-8]
第2部 テレコミュニケーション
  • インターネットのコンテンツに関する規制をめぐって/環境情報学部教授 苗村憲司
    電気通信メディアとして発達したインターネットは、機能を拡大して放送や新聞に似た役割も果たすようになった。これに伴い、そのコンテンツに関するさまざまな規制の必要性が議論されている。著作権を始めとする知的財産権の保護、個人情報の保護、有害情報の遮断等のための規制、また、これらに関連するプロバイダーの責任問題等がその例である。しかも、グローバル化の進む環境でこれらの課題を解決しなければならない。このためには、伝統的な通信と放送の二分論を超えた新たな枠組みを積極的に検討する必要がある。(論文執筆者による要約)
    [ABST#3-9]
  • メディアとしてのインターネット/メディア・コミュニケーション研究所教授 林 紘一郎
    90年代に入ってから、マルチメディアやインターネットという言葉を、よく耳にするようになった。当初は約10年前の「ニューメディア」と同様に、一時的な熱病に過ぎないかと思われたが、今回は企業の利用を中心に着実な歩みを続けている。
    しかし発展があまりに急速であるため、その特質を「メディア」として包括的に分析した研究は、きわめて乏しい。需要と供給、価格、他のメディアとの代替・補完などの諸点を中心とした、本格的な経済分析が待たれる。本稿では現段階における問題提起として、使い勝手、リテラシー、財源、利用可能時間の4点に焦点を合わせて、初歩的な考察を行なった。今後は読者のご批判を反映し、より一般化した研究へと発展させていきたい。(論文執筆者による要約)
    [ABST#3-10]
  • 放送型サービスとインターネット/環境情報学部助教授 楠本博之
    インターネットは、すでに人間社会にとって欠かせないコミュニケーション手段になっている。コンピュータ同士を結び付けることから始まった技術革新であるが、人と人を結び付ける新しい技術として、その可能性、発展性が注目を浴びるようになり、ここ数年で爆発的な広がりを見せるに至った。テレビやラジオ、新聞といったマスメディアからの比較的一方通行の情報提供形態に対し、WWW(World Wide Web)を中心とする技術により、一般の利用者がお互い情報提供者になり、新しいコミュニケーション形態が発展している。そのような現状の中で、インターネット上でも放送型サービスという、インターネットと従来の放送の融合といったことも現れ始めている。本稿では、このようなインターネットと放送型サービスの現状と将来について考える。(論文執筆者による要約)
    [ABST#3-11]
  • メディアの融合と「信」縁社会/国際電信電話株式会社衛星ビジネス企画担当部長 伊藤英一
    メディアの融合が急速に進みつつある時代、メッセージが伝えられる様相を、電話が米国の大企業やSOHOでどのように利用されているかを例にとり概観し、次に、テレビの多チャンネル化の双方向化がメッセージ伝達に与えるインパクトを考える。
    情報ビット量の多寡や伝送の形態、情報の送り手や受け手の単複、あるいは情報トラフィックの流れる方向が片方向か双方向かといった面では、様々なメディア相互間の差異は消滅しつつあり、メディアの融合が急速に進んでいる。この面では、メディアの選択如何の問題は無くなって来ている。
    その一方で、情報そのものの信用度や信憑性、メディアの信頼性や安全性、情報の送り手や受け手の関係等をクライテリアとした差別化や階層化は逆に加速して行くものと考えられる。メッセージの内容と、それを支える信頼・信用に基づく社会関係が益々重要となってくるのである。
    またメディアの融合は、日本が、日本語・漢字をベースにした、信頼・信用に基づく社会的ネットワークを形成する機会でもある。(論文執筆者による要約)
    [ABST#3-12]
  • 電子貨幣・NTT再編成・米国電気通信法/総合政策学部助教授 小澤太郎
    現在電子貨幣の運用実験は、大別して(1)クレジットカード方式、(2)ICカード方式、(3)ネットワーク方式の3種類のものが行われているが、セキュリティーの確保、プライバシーの保護の他にも、電子貨幣の登場を念頭に置いていない法制度の改変、信用創造や国際為替への影響、犯罪に付随する資金洗浄の阻止、ネットワーク上の商取引に伴い発生する税金の把握など、電子貨幣を本格的に導入するために解決しなければならない問題は山積している。
    ところで、電子貨幣の今後の普及形態に、通信料金の水準は大きな影響を与える事が予想されるが、その通信料金の今後の動向を左右すると考えられる96年12月のNTT分離・分割の合意内容は、実質的には決定の先送りと解釈できる。なぜならば、長距離通信会社・地域通信会社の株式の全てを保有する純粋持株会社が、それらの通信会社の単に事務管理だけをするのか、それともそれらの経営にまで関与するのかは現時点ではまだはっきりしないからである。この意味で合意内容の意味するものは、分離・分割と言うよりも、NTTの組織再編に近いと解釈する事ができる。
    米国において、「地域通信市場は自然独占」、「長距離通信市場は競争的」とのMFJ(修正同意審決)上の認識が、もはや時代遅れなものとなりつつあった事から、1996年電気通信法が成立した。但し、地域電話会社によるボトルネック独占の弊害を生じさせない為、すべての地域電話会社は相互接続に関する義務を課され、さらに技術的に可能なすべてのポイントにおける接続を許すアンバンドル化、接続相手の必要機器を自己の施設内に設置するコロケーション等の付加的な義務が課せられている。また接続ルールの明確化も謳われており、新通信法は決して規制の完全撤廃を意図したものではなく、競争を促進する為の条件を整備する事を目的とした規制は、依然として必要と考えられている点に注意が必要である。(論文執筆者による要約)
    [ABST#3-13]
第3部 メディア論と情報社会論
  • 「民族」の衝突とグローバリゼーション/総合政策学部教授 井上輝夫
    冷戦構造の終結後、世界各地でいわゆる「民族」紛争が多発している。ソ連邦の箍が外れたことによる紛争、あるいは一国家内で政治的、経済的な困難さから生じる紛争がある。しかし、他方では今日の世界は、グローバリゼーションと呼ばれる自由主義経済や通信技術による国家を超えた世界化の現象が顕著である。この趨勢は、強国が拡大する近代帝国主義とどう区別されるべきか、その実態と可能性を見極める必要があろう。同様に「民族」をめぐる言説にも十分な検討が求められる。今後、近代国民国家のたどった世俗化に対する宗教の位置、国境を超えた環境問題がますます重要になるだろう。(論文執筆者による要約)
    [ABST#3-14]
  • グローバル・メディアとしてのエスニック・メディア/メディア・コミュニケーション研究所所長 関根政美
    本稿では、インターネットやデジタル衛星放送を利用したエスニック・メディアが世界的に増大し、それらが現在ではグローバル・メディアとして機能していることから、世界各国・各地の文化状況・エスニシティに与える影響について考察する。エスニック・メディアのグローバル化は、世界各国・各地の多文化社会化を推進し、国民文化のハイブリッド化、クレオール化を進めると考えられるが、他方で、エスニック・メディアの発生する世界各国・各地の真の「内なる国際化・多文化社会化」の重要な尺度となるものである。その結果、エスニック・メディアは一部の人々のためのものではなく、国民全体のメディアであることが判明するであろう。(論文執筆者による要約)
    [ABST#3-15]
  • マルチメディア技術と文化の変容/文教大学情報学部教授 安田寿明
    マルチメディア技術の進展に伴って、メディアの世界での変革への期待が高い。その変革に付随して、新たなビジネス・チャンスが創出されるという望みもまた、日増しにふくらむ一方である。そして何よりも、私たちをして未知の文化的世界にいざなうのではないかという、マルチメディア技術への期待感の増大は言を侯たない。そうした変革のメカニズムとは、どのようなものであろうか。新たに創出される文化の世界は、はたして私たちの期待に応えるものであろうか。本稿は過去のメディア技術の革新が、どのような文化的変容をもたらしたか。主な事例を活字メディアに求め、想定されるマルチメディア技術の文化的革新の一端を検証してみたい。(論文執筆者による要約)
    [ABST#3-16]
  • 情報化と個人主義の発達/総合政策学部教授 伊藤陽一
    「コミュニケーション技術の発展とそれらの一般大衆への普及、浸透」として定義される「情報化」が進展すると、個人主義がなぜどのようにして発達、徹底するようになるのかを、印刷メディアと電子メディアの両方について歴史的に論じる。最後に、個人主義の問題点を指摘し、問題克服の方策について考える。(論文執筆者による要約)
    [ABST#3-17]
  • ネットジェネレーションの期待と自覚/環境情報学部教授 熊坂賢次
    ネットワーク環境が社会にはりめぐらされる時、そこで登場する新しい世代のネットジェネレーションは、どのような行動特性をもち、どのようなコミュニケーションをし、どのような生活スイルを志向するのか。インターネットでの「日記の公開」という奇妙な事実をもとに、その本質?(露出と覗き)を探ることから、ネットワーク環境がもたらす諸特性を考える。それは「境界を越える」ことから概念構築される、まったく新しいスタイルである。(論文執筆者による要約)
    [ABST#3-18]
  • ディジタルメディアが〈私〉をつくる/龍谷大学国際文化学部講師 加藤文俊
    メディアは〈私〉を変える。そして、〈私〉がメディアを変える。近年のメディア環境の変化とともに、われわれのコミュニケーションの機会はますます重層化した。フェイス・トゥ・フェイスで人と接するときの〈私〉と、電子メールでテキストを送る〈私〉とはちがう〈私〉なのだろうか。日常のさまざまな活動領域(ドメイン)で、〈私〉はどう変わるのか。この論文では、とくにコンピューターを介したコミュニケーションをつうじて構成される電子的紐帯ともいうべき関係をふまえ、併存する〈私たち〉について考えてみたい。(論文執筆者による要約)
    [ABST#3-19]
  • コンピュータ・ネットワーク完備型大学におけるキャンパス・コミュニケーション/総合政策学部教授 井下 理
    日本でも90年代後半になって、情報通信技術の急速な発達が、大学のキャンパス環境を大きく変容させている。大学のみならす短大や国立高等専門学校においても学内LAN(ローカルエリア・ネットワーク)の整備拡充が進んでいる。それに伴い高等教育機関の関係者は、新たなメディアを日常的に利用するようになってきた。学生は勉学やサークル活動などの学生生活において、また教職員は教育や管理業務にコンピュータ・ネットワークを駆使して新たな教育研究活動を展開している。新しいメディアが教育機関をどのように変え、そこでいかなる変化が生まれているのか、現場からの考察が必要である。
    大学の主たる機能は、研究、教育、社会サービスの3つである。ここでは大学の「教育」とい面に及ぼしているコンピュータ・ネットワークの影響について眺めてみよう。
    教育面への影響といっても、外国語学習へのインターネットの活用、遠隔授業、オンライン教材作成というテーマは、他の機会に譲ることとして、本稿では、コンピュータ・ネットワークの環境が、授業の形態やキャンパス・ライフにどのような影響を及ぼすかということについて考えてみたい。とりわけ、ここでの関心を学生と教員とのコミュニケーションに当てて、新しいメディアの出現によりいかなる影響がもたらされるかを探ってみたい。
    そのためには、そもそも大学がいかなる社会的枠組みのなかで成立しているのか、いかなるルールを遵守しどのような資源や制約のもとで成立しているのかという点から見直してみることとする。(論文執筆者による要約)
    [ABST#3-20]
  • パーソナル通信メディアと現代の青年層 ― 通信発達の陽と陰 ―(株)ライフデザイン研究所研究員 阿部由貴子
    加入電話をはじめ、携帯電話やPHS、ページャーといった移動体通信やコンピュータ・ネットワークなど、個人が利用する通信メディアは、ライフスタイルの変化に伴って多様化し、さらに低コスト化によってここ数年で急速に普及した。とくにパーソナル通信メディアの普及が著しい時代の青年層においては、通信メディアの多様化によってコミュニケーション形態も多様化しており、それによって人間関係が希簿化する、対面コミュニケーションに弊害が出るなどの憶測や社会的懸念もみられる。本橋では、ライフデザイン研究所における筆者の調査研究をもとに、青年層のパーソナル通信メディア利用の実態と特徴について、男女別比較、ユーザーとノンユーザーの比較、親子世代間比較を行い、パーソナル通信メディアの普及の功罪とインパクトについて論じる。(論文執筆者による要約)
    [ABST#3-21]
寄稿
  • Entering an Academic Conversation/Christine Pearson Casanave、菅野康子
    研究の国際化・インターネットの普及などに伴い、あらゆる学問分野で英語の重要性が高まるにつれて、日本の大学で学ぶ学生にも英語の学術論文を読み・書くという能力が求められるようになってきている。また日本の大学を卒業後、海外の大学院に進学を希望する学生も多く、彼等が外国の大学院で対等に張り合っていけるだけの英語力の育成が学部レベルで期待されている。そこで本稿では日本の大学における英語のアカデミックリテラシー育成の可能性を考察する。
    何語であれ、論文を書く・読むという行為は自分の学問領域で展開されるアカデミックな会話に参加することである。英語で論文を書くというと学生はとかく自分の語彙力の乏しさや文法の間違いに注意を奪われがちであるが、語彙や文法の知識以上に重要なのはいかに文章を通して読み手とコミュニケーションを図るかという問題である。そのためには自分が志す専門分野で行われている会話の内容や形式に馴染み、さらに、読み手は必ずしも自分と同じ意見を共有しているとは限らず、自分の考えを正確に伝える義務は書き手側にあるのだという認識を持つことが必要である。
    慶應SFCでは1996年から「英語論文作成演習(テクニカルライティング)」の授業を開設している。授業では履修者が自ら選んだテーマで10ページ程度の学術論文を1学期間かけて書き上げる。筆者らは1997年の春学期にこの授業の調査を行ったが、その結果、(1)自ら選んだテーマを追求できることへの学生の満足感、(2)自分の主張を建設的に説明する能力の未熟さ、(3)読み手の存在の認識不足、(4)本や論文からコピーした他人の文章を自分の文章に混ぜて使う「盗作」に対する罪悪感の欠如、(5) 教師がきめ細かいフィードバックを与えられる少人数制授業の重要性、等の点が明らかになった。
    英語論文作成専門の授業を日本の大学で行うことには大きな意義がある。しかし一学期間の授業で達成できる目標に限度があることも事実である。調査の結果明らかになった学生の弱点の多くはアカデミックリテラシー全般の問題であり、英語に限定されたものではない。アカデミックリテラシーの育成は語学の授業に限らず、大学の全ての授業で促進されるべきものである。(論文執筆者による要約)
    [ABST#3-22]


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